ファム・ファタール

 

ガフの部屋(ヘブライの伝承ではこの世に生まれてくる子供たちの 『魂の住む部屋』 のこと。

この部屋から魂がなくなると魂のない子供たちが生まれ始めると言われこれは世界の終局の最後の兆しとされている)が開き人々が補完され、さまざまな存在によりL.C.Lの海たる母なる生命の海に還元されていくシーンへと移る。

アンチA.T.フィールドの尖兵たる無数のレイたち。
無数のレイたちは各々、人々が心から望む相手へと姿を変えて、彼らを補完された世界へと誘う。

日向は心から慕っては来たが、恐らくは永遠に手には入れられなかったであろう女性 (=ファム・ファタールと呼称)葛城ミサトを抱きしめて補完された世界へと還元していった。


普段はズボラでお調子者ながらも、

「後悔はあの世でしても仕方ないわ」

「奇跡を待つより捨て身の努力よ!」

等の台詞から分かるとおり、しっかり地に足をつけて前を向いてしっかりと自立している女性。

若干二十九歳の若さでネルフ作戦部長になるほどの実力を持つ憧れの女性。

年上の、そして恋人を持つ女性。

永遠に手に入らない女性に最後に言った「いいですよ。あなたと一緒なら」の言葉を残して日向は最後に補完されていった。

 

 

青葉シゲルは、無数のレイたちに囲まれて、恐怖におののきながら補完された世界へと還元された。

もしかしたら、彼は精神的外傷(トラウマ)を持たない、「エヴァゲリオン」 の世界では希有の存在であったのかもしれない。

自分というものを確立しており、他者という存在を必要とするまでもなく、自我(というかアイデンティティかな?)を確かに有したある意味では補完される必要のない人物だったのかも知れない。

実際 「生命の樹」 へと還元されていく初号機を見て、恐怖に震える伊吹マヤが青葉に 「私たち正しいわよね」 と問いかけるのを、「 分かるもんか」 と客観的とも言える思考で答えている。

青葉こそは、シンジやアスカ、ゲンドウたち喪失した心を求める彼らにとっての逆に位置する理想の存在であるのかもしれない。

 

 

冬月コウゾウは教え子でもあり、ゲンドウの妻、シンジの母親でもあるユイに抱かれて、補完された世界へと還元していった。

TV版第弐拾壱話を見てもわかるとおり、明らかに冬月はユイに惹かれていた。

「はい、六分義さんとお付き合いしています」

その言葉にふいに背を向けたふとした彼の仕草の裏には、ほのかな無意識的な小さな嫉妬の渦が彼の中でうごめいていたのかもしれない。

深い洞察力、聡明で瞳の麗しげな女性。

美しい教え子。

しかし彼女は教え子でしかも親子ほどの歳の差がある上に人妻である。

 

 

永久に手に入らない女性。ユイも冬月にとって、日向のミサトへのファム・ファタール像そのものだったのであろう。

 

 

マヤは、永遠に憧れの存在であった先輩赤木リツコに抱かれて、補完された世界へと還元していった。

みんなの人間という姿形を維持していたA.T.フィールドが崩壊していく様子を、ノートパソコンにのびた指が、I NEED YOU と入力し、彼女を抱くようにあらわれたリツコに、抑えられたのである。

憧れの存在である先輩に私には、あなたの 「I NEED YOU ― が必要なのよ」 と囁かれた歓喜に、何度も何度も「先輩」と呼びながら。

「潔癖症はね、辛いわよ。汚れたときにわかるわ」 と言われてうつむいたマヤ。潔癖であるが故に同性を愛してしまった自分を嫌悪していたのだろうか。

マヤにとって、リツコもまた、「永遠に手に入らない女性」 なのである。

 

 

永遠に手に入らない女性:ファム・ファタール。

日向にとってのミサト、冬月にとってのユイ、マヤにとってのリツコ。

 

 

「永遠に手に入らない」、つまり 「補完されない」 ということが打ち砕かれ、手に入らないものを手に入れて補完されるという禁忌を通し、無数のレイ達により、禁断の生命の樹が麗しいハタを織るように形創られていったのである。

 

 

ファム・ファタール。永遠の存在。手に入れることこそが罪。

 

それは、もしかしたら当人たちにとっては神のような存在であるのかもしれない。

 


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