小さな世界 > 第5章「知られざる」
紅葉桜
龍城(たつしろ)家。
その長子、秀壱(しゅういち)。
彼は高い身分の家に生まれ、極めて高い能力を持っていた。
生まれつき天才なのに、血のにじむような努力をする、、というタイプで
結構「好かれやすい!」という人間には程遠い・・・そんな人物であった。
前者なら「余裕があって格好良い」と言われ
後者なら「真面目で努力家」と尊敬される。
両方あるのは何となく、余裕が無いし真面目で努力家というよりせっかちな人、・・・という印象を与える。
彼にとっては周りの人間全員が何かしら「劣」を持っていて
均一に見えた。
劣の人間たち(これは劣っているという意味で使っているのではない)が歩いている。
というのが、昔からの秀壱の世界観であった
ハッ
或る日、新しく入ってきた女中を見掛けた秀壱。
全然普通で、どこもかしこも平凡で全く目立たないタイプの女性だったのだが。
ひどい衝撃を受ける彼。
秀壱「(劣、がない!)」
もちろん、『優』だってひとつもない。
女中「え?」
紅葉の舞うとても美しい場面だった。
偶然にも。
秀壱「君の名前をもう一度・・・」
・・・
「均(きん)です。皆沢 均(みなさわ きん)です」
色とりどりの、、しかし少し古い感じの木の葉たちが
ふたりを包むように舞った。
まだ、、神代(かみよ)の時代だった頃の紅葉の舞がこうだったのですよ、と問い掛けるような
そういう木の葉たちの乱舞。
均は、容姿、特技、教養、社交性、何もかも平均だった。
暗くもなく、かと言って明るくもない。
つまらない人間かと思えば、たまにとても面白い面を見せる。
何ともBalance(←ブリティッシュで)人間であった。
当然、秀壱は『たったひとり飛び出ている女性:均』に惹かれた。
周りが皆同じで、ひとりだけ違う人間がいれば何となく目が行くものであろう。
男としての魅力は有り余っているのに、血のにじむような「好きな女を振り向かせるための努力」を
し出す秀壱は当然ながら均にドン引きされ拒絶された。
(そらそーだ・・・)
アプローチの仕方が全く分からず、且つ
立場上『女なんて勝手に向こうからやってくる』の位置にいざるを得なかった秀壱は・・・
全く成す術もなく。
・・・
悩んだ挙句に均に勝手に手を出した。
均は死ぬほど嫌悪感をあらわにして彼に接し、周りの人間たちは
「何か秀壱様が均さんの大事なものを壊したり、或いはひどい言葉を言ってしまったの・・・
だろう」
と予想した。
そして大層心配した。
秀壱「え?」
ある桜舞う日。
均は秀壱からの想いを受け入れる、と言った。
求婚を受諾する、ということである。
(求婚断られたのに怒らずに雇ってた秀壱すごい・・・)
「(大きな不幸がやってくれば、大きな幸せが代わりにやってくるものだわ)」
と考えたのである。
きっとこれからは幸せだろうから、楽しくしよう。と考えたのだ。
均は「言葉に出来ませんて」というくらい秀壱から愛され、
何となく均は不吉な予感を感じた。
幸せすぎるなら、すっごい不幸が来るのは(略)。
秀壱様が亡くなったらどうしよう、、と毎日心配していた。
そして
現在―・・・
しわしわで、全然どこもかしこもバランスのない外見、中身の均は
古い小さな丸い鏡を見て、口元のしわを見た。
孫の清子(さやこ)が「おばあちゃんと完全に同じ人を探して、すっごく幸せにする!」と。
今色々愚痴ったところで、過去が戻る訳でもなし、人生が元通りになる訳でもなし。
幸せじゃなかったと悲しくなっても、その現実を受け入れ、
話を聞かされた人間はただただ、慰めるという術しかない。
清子の提案は革新的だった。
『わたしきっと、それだけのために・・・もちろん自分の人生もあるけど
それだけのために、おばあちゃんの孫として生まれてきたんだと思うよ』
そう言った清子は何をひどいことを言われようと、乱暴なことをされようと(極端だって)
悲しい顔をしつつも動じなそう、に見えた。
同情だったらまぁ「そのために生まれてきた」は言わんわな
ふむ・・・と考える。
今更な均。
そんなキャラじゃないし、そんなことしないのに、
ごそごそっと昔の自分の写真を見る彼女。
・・・
均「(結構良い女じゃないかい?
・・・な訳あるかい
あほらし)」
すぐに箪笥にしまい、・・・しばらく散歩して。
帰って来てすぐに、仏壇に座り『愛しい写真』を見てすぐに視線をそらし
(いつも)
線香をあげて、手を合わせた。
均「(おまえさんの幸せなんてどうでもいいから、ほんとどうでもいいから
私を幸せにしておくれ)」
罰が当たりそうな祈りをする均。