短編集Tanpenshu
時空を超えてBeyond time and space
- 第11話:強いから
当然のことではあるが、朧浪(ろんらん)は実業家であった。
病に侵される前までは。
朧浪「(嘘ついた)」ひとつ
ひとつかどうかは分からないが。
「・・・」
母親との関係はもっと複雑だ。
とても・・・
億劫になるほど
彼の母親は若年性アルツハイマー型認知症、などではない。
コウは何故読み違えたのか。
あれは・・・
あの日は・・・
黒い血の海の中、母親は倒れていて、多くの人たちが集まっていた。
朧浪は10歳だった。
母親は頭を・・・で撃ってこの世からいなくなろうとした。
何を悩んでいたのかは知らない。
結局未遂に終わり、現在のように、、なってしまったのだ。
口からよだれが垂れ、常に爸(ティエ)のことではなく、
朧浪のことばかり話した。
爸(ティエ)=中国語で「お父さん」。
ろんらん、、ごめんねぇ
わるいおかあさんだった。
ごめんねぇ
そうやって泣く、こともあれば
わたしだってたいへんだったのよ。あなたがいるからわたしのじんせいめちゃくちゃになったわ
と鬼神のように怒り狂うこともあれば、、
あなたはわたしのてんし。
いますぐだきしめてあげたい~
と頭悪く笑顔を振りまくこともあった。
ずっと「女」でありたいと思っていたのに「母親」になんてなるから・・・
自分を大切にしなかった罰だな。
朧浪「(おまけに子供まで作って。媽媽(マーマ)は賢い人だと思っていたのに)」
媽媽(マーマ)=中国語で「お母さん」。
朧浪は媽媽が大好きだったので良く見ていた。
本当は「女」でありたいという欲がすさまじいのに、「母」であろうとする自分に、「母」でいなければいけない自分自身に、すごく苦しい思いを抱いていたことを。
あの事件があっても子供相応には驚かなかった。
朧浪はただ、「生きていて本当に良かった」「これでもう「母親という枠」に捕らわれずに済むな」と思った。
他にも色々と黒い噂はあった訳だが。
この事件の。
朧浪は史家次期総帥・・・の候補として、どう考えてもアホの片鱗もないくらい真面目に仕事をこなした。
ただ、20歳を超えたあたりからある野望を持ち出した。
そしてそれは25の時に見事に叶えられた。
日頃の行いがとても良いのだろう。
朧浪「(そろそろこの世から去りたいと思っていたんだ)」
少し寂しいがまぁ良かった。
仕事のしすぎが祟ったのか、或いは黒い人間関係が渦巻く史家内である。
「(食べ物に毒を仕込まれたか)」
単純に病魔にたまたま侵されたのか。
残り数ヶ月の命、となった。
彼の望み通り。
もう好きなように生きた。
子孫を遺す気もない。
最初から存在しない方が面倒臭くなかったな。
びゅうぅぅうぅ!
あの日は海の風が強くて。潮の香りも妙に強かった。
引き寄せられるように浜辺に降り立ち、コウという人外の生物、くらげ女に出会った。
遠い昔、少年の頃に出会った、20歳くらいの人魚っぽい生物。
「(初めは気付かなかった。頬に口付けをされて思い出した)」
芳香が漂うような甘い透明な記憶。
何故か懐かしい感触。感覚。
媽媽・・・
その少女・・・というか女性というか。傍にいて欲しいと思った。
短い命、遠い昔の少年の日に出会った、、懐かしい存在。
この生物(生物)と一緒にいられたら、、もう本当に満足だ。
名前は洋香(ようこ)。
コウは溟渤(みんお)という海の神と瓜二つという理由で朧浪と関わることになった。
一緒になれた・・・
「(だけど、、コウの心は)」
コウの心は。
・・・
・・・
朧浪は溟渤という海の神がムカついてきた。
最初に出会った時の、本当に嬉しそうな顔。
大好きだという赤い顔。
愛したくないけど、愛されたい。
好きになりたくないけど、好きになって欲しい。
浮気ばっかりして・・・
朧浪は頭を抱えた。
(というより、、溟渤ひとすじであって、「ばっかり」ではない)
朧浪はコウを呼んだ。
「なんでしょう」
明日、時空を超える旅に出る。そのための準備やらで、てんてこ舞いのコウだ。
朧浪「いや、海、キレイだなって」
・・・
ざざん
ぼーっと海を見るふたり。
「・・・私は溟渤様だけです。あの人じゃないと駄目なんです」
すごく腹が立つ。
勝手にしろよ。
心が読めるのは人外の生き物だからだろうか。
状況だとかにもよるだろうが。
無言の空間の後、コウは去って行こうとした。
待てっ!
朧浪はコウを後ろからひっつかみ、そのままふたりは転倒した。
コウ「げほっげほっ、げほっ、げほほっ」
朧浪は海の泡だらけだ。
そのまま立ち上がらず、海水が砂を流してくれるのを待った。
「コウ・・・。
コウ。・・・。
考えるな。思い出すな。語るのもやめろ。話すことも禁じる。もう二度と奴のことを言うな。厭なんだ!もう厭なんだ!」
「だが断わる」
スックと立ち上がり、テクテク向こうに行ってしまうコウであった。
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