短編集Tanpenshu
辛い担々麺Spicy dandan noodles
- 第2話:醤油
姉大好きな弟。恭介。
彼の姉が「私をどのくらい好きかラーメンで教えて」と問い、
「辛い坦々麺!」と答えてしまったことで悲劇が起こった。
しすこ~ん な気持ちがバレたらいかん!と
「お湯ラーメン」を出してしまったのである・・・。
奈々はすっかり怒ってしまった。
(当然だろう)
・・・
しかし何故か安心した恭介であった。
優しくされなくて良かった。
褒められなくて良かった。
ホッと胸を撫で下ろしたのだ。
恭介は、「自分は奈々から優しくされるような存在ではない」とか
「奈々が自分を褒めたり好いたりすれば、奈々の格が下がる」と思っていた。
だから、いつも冷たくされたり、姉特有の弟こき使いみたいなのをされると
心から安心出来た。
料理が得意だから、たまに「んふふ。美味しかったわよ」と満面の笑みで微笑まれたりすると目の前が真っ暗になった。
奈々が彼氏を家に連れてきた時、
「こんな弟で、奈々の価値が下がるのではないか・・・」と恐れおののき、
彼氏の前に出ないように部屋にこもった。
いかに姉が魅力的で素敵だろうと、姉の美しさ素晴らしさに釣り合う弟じゃないから、
だから彼氏が姉を捨ててしまったら、俺のせいだ!
と思って 彼氏が来る日は常にチェックして家にいないように気を配った。
「(捨てるのは「奈々が彼氏を捨てる」であって、「彼氏が奈々を捨てる」なんて
もしそんなことでもあったら!
俺のせいだ。。 奈々が奈々が!!)」
と、まだ彼氏とどうこうある訳でもなんでもないのに、そもそも仲が悪いとか険悪だとか別れそうとか
な~んにも聞かされていないのに、そういうことを考えて恐れおののいた。
奈々は確かにしっかりした、そしてキレイな女の子ではあった。
が・・・
弟はどう考えても 「病名あるでしょう?」ってぐらいのシスコンである。
何故こうなってしまったのか・・・
それは、姉が魅力的だからである。
もちろん、両親は同じだし、正真正銘 血の繋がった実の姉弟である。
しかしこれはいわゆる あやしい ものを連想させる類のものではない。
恋愛どころか「好かれるのが恐い」どころか、「優しくされるのが恐い」なんて思っているほど遠慮している。後ろに下がっている、『逆恋愛』」・・・だ。
例えば、奈々が恭介を好きになって、恋愛が発生する、、という「非日常」な自体が起こったとしよう。
倒れてしまうだろう。
(仰向けで)
「穢れた俺のような存在がぁぁああ奈々の心を乱してしまったなんて。
奈々を汚してしまった。俺みたいなのがいて御免なさいぃいぃぃ
どうすれば奈々は元の清らかな存在に戻れるのだろう・・・
俺が例えばいなくなったところで奈々の汚れた心は変わらない・・・
むしろ!俺のことで涙なんて流したら 奈々は・・・」
なんて、もう ばっかじゃねーの・・・ みたいなことを考えるだろう。
冷たくされたら安心出来る。
優しくされたら絶望する。
恋なんてされた日には仰向けで倒れて気絶する。
彼はごく普通なのだ。奈々以外のことでは。
(でも奈々のことがすごすぎて、普通ってもう言いたくない)
例えば自信がない人間だとか
何か過去にトラウマがあるだとか
姉に昔何かされたとか
一切ないのだ。
特に「自信がない」というのは違う。
奈々に対して自信がないだけであって、
他に対しては「ごく普通」なのである。
自信のない人間だとか おどおどしている人間だとか
そういうことではないのだ。
彼はすぐにでも自立して家を出ていきたかった。
だが、アンビヴァレンスな感情が頭をもたげる。
こんなに大好きでたまらないのだから、傍から離れたくないという気持ちもごっそりあったのだ。
(めんっどくせぇええぇええぇぇええぇぇぇ)
ある日、
「ちょっと 用があるんだけど」
とても怒った奈々が、恭介を呼んだ。
な、何ですか!? 奈々。
背筋をピンとただし、「(ここ数日、何か変なことしたっけ、、)」とチェックしつつ、
奈々の元へと向かう恭介だった。
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