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ヒューマンHuman
- 芽生え
目の前の綺麗~な袋に入っている骨壷。
「(ふーん)」
千恵は妙に冷めていた。
「格好悪い」
思わずつぶやく。
次!次いつ会えるのよ!
いつ会えるか分かんないでしょ!
「そのうち会えるよ
いつか!」
いつかっていつよ!ばがぁあ!
「いつか必ず会える!」
何で!確信も持てないのに
それもそうだ・・・
でも「いつか必ず会える!いつか会える!」
いつかっていつよう!
うわああぁぁん
あれは母親に売られた時に封じ込めていた涙
「(あたしの涙を返せ)」
思い出して千恵は思う。
「いつか」
「いつか 千恵
また、会えることがあったら
そしたら 結婚しよう」
「え?」
「だから!
だから必ず生きろ!絶対生きるんだ!」
み~ん みんみんみんみん
み~んみ~ん みんみんみん
ヒィチャンゼミが鳴いている。
(メスなのに鳴くセミ)
「・・・」
あれから、帰ってこなかった卓(すぐる)。
「(別に期待してた訳じゃないけど)」
このご時勢(昭和20年)だし。
千恵は映画女優、目の前の骨壷の人物は脚本家だった。
大きな大戦が始まり、映画でやっていることと言ったら、
「いかに命を投げ出すか」とか
「いかに尊い死を遂げるか」とか
「それをしっかりと受け止め、旦那や恋人を送り出す女性の凛々しさ」とか
そういうものば~っかりであった。
(※本当)
千恵は美人だったので、貧しかった母親は女優として千恵を売った。
どう考えてもハーフでしょうみたいな可愛くて綺麗な千恵は、ピリピリした状況の中必死で生きている人々の、癒しの存在となった。
外見とは裏腹に、「子供売ってんじゃねーよクソ親が」と心の中で毒づく、鬼のような内面を持つに至った。
そんな時に、全く空気を読まずにファンなんです、とズンズン来る脚本家の卵、卓がいた。
「あなたのファンなんです」
「雰囲気っていうか、生まれながらの女優っていうか」
「あなたこそ、、真の、、何と言ったらいいのかな」
千恵は女優である。
愛想笑いをしながら有難う御座いますと言うのはお手のものだ。
が、「サイン下さい」だのお弁当作ったからどうぞだの、オススメの本があるのですがどうぞだの(千恵の好きな本とか事前にリサーチしている)、、
とにかくアプローチがすごかった。
今の時代なら「ストーカー」と言われて嫌われるだろうが、時代が時代だった。
「困るわぁ、、」と悩む奥ゆかしい女性がいた時代である。(弱い、そして優柔不断とも言える)
千恵は、全スルーしていたのだが、
卓が全くアプローチしてこなくなって急に卓に気を持つようになり、、
初めは軽い付き合いだったのに。
卓が本格的な脚本家として世に出、忙しくなって千恵に構えなくなった辺りから、
千恵は寂しくて卓依存症になってしまった。
「あなたに会いたくて辛いの。一緒にいたい」
千恵はそう言うが、卓は「いいよいいよ!その辺でくつろいでてよ!」と「意味分かってんのか?」的な対応をして
せっせと脚本を書いていた。
卓の部屋にいながら、、脚を伸ばしながら、、
虚しく感じる千恵。
「台詞とか頭入らないんだ。あんたのことばっか考えてるから」
卓は言った。
「どうして君はそう言葉づかいが悪いんだ!女優なんだから基本的な日常会話くらいはうだうだうだうだ」
千恵「(これだ)」
最初はどう考えても卓の方が温度が高かった(調子が良かっただけかも)のだが、
後になって千恵の温度の方が高くなってしまった。
プラス、
「好き」だの「愛してる」だの
結構きっついこと言っても
「照れちゃうな~」でれでれ で片付ける鈍感ぷり。
駄目だこの人・・・
と思いながらも、ふたりはずっと付き合いを続けていた。
千恵は、卓のことば~~~っかり考えて
(それこそ一日の半分以上)
女優業に支障が出たが、それでも頑張った。
終戦。
あの日のあの言葉。
「いつか 千恵
また、会えることがあったら
そしたら 結婚しよう」
千恵は
この骨壷を役所に持っていって、
「これと結婚したいんですけど、婚姻届出せますか?」
って言ったら
案外「いいですよ」ニコッ
って同情して言ってくれるかも、、
なんてアホなことを考えていた。
あははっ
「だから!
だから必ず生きろ!絶対生きるんだ!」
あははっ
「(そんなこと言ってる貴方がどうしてこんなことに・・・)」
骨壷を見つめる。
・・・
・・・
千恵は
今までいい加減に女優をやってきた。
くだらないって思ってやってきた。
感謝するよ卓。
貴方を無くした悲しみを私の全てで表現してやる
そのために
そのためにきっと
女優になったんだ
「あなたのファンなんです」
「雰囲気っていうか、生まれながらの女優っていうか」
「あなたこそ、、真の、、何と言ったらいいのかな」
今だけ
泣かせてね!
ぐっと歯をくいしばって、千恵はそれ、、をぐうっと抱きしめた。
それを。