第12代天皇、景行天皇。
父親が1人の妃に濃厚な愛を与えていたのと対照的に、
景行天皇は数多くの妃たちを持っていました。
その数は80人にも上ります。
父親に対する反発でしょうか。
1人の女性に対し集中的に愛を注ぐのは、広い範囲で見ると色々と効率が悪いと考えたのかもしれません。
多くの妻を娶ることは多くの豪族と繋がりを持つことでもあります。
そして、息子の大碓命(オオウス)に、
美濃の国の
兄比売(エヒメ)と
弟比売(オトヒメ)
という姉妹をもらい受けて来てくれ、と頼みます。
どれだけ妻を娶るのだろう、と呆れながら姉妹を迎えに行くオオウスでしたが...
姉妹のあまりの美しさに、
「俺の物にしたい」とオオウスは思いました。
そしてちゃっかり、自分の妻たちにしてしまいました。
「父上には偽のエヒメとオトヒメを送っとけ」と
偽の姉妹を景行天皇に遣わします。
景行天皇は気付いたか気付いてないのか、
偽の姉妹たちを受け取るだけ受け取って、彼女たちに一切手を出しませんでした。
バレてるのかな...とオオウスは焦りましたが、景行天皇は何も言いません。
いっそ怒ってくれたらどれだけいいでしょうか。
何か知っているようで、けれど何ひとつ責めない父に対し、
後ろめたさが募ったのか、
オオウスは食事を景行天皇と取らなくなりました。
その時の習慣で、食事は家族で取ることが当たり前、のような風潮がありました。
景行天皇は、もうひとりの息子...
先程の息子は 大碓命(オオウス) と言う名前ですが、
「大」、に対して「小」、
小碓命(ヲウス)を呼びました。
※最初の息子が
大碓命(オオウス)、
弟が 小碓命(ヲウス)。
景行天皇は、
「...おまえの兄が食事に来ない。弟のおまえが兄を諭してやってくれないか」と頼みます。
「はい、分かりました」
ヲウスは承諾したのですが、
兄にいくら言っても要領を得ないので、あっさり殺してしまいました。
そしてバラバラにして、ムシロに包んで棄ててしまいました。
「言うことを聞かないのでバラバラにして棄てました」と
悪びれずに父親に報告するヲウスに、
景行天皇は戦慄しました。
美貌で、武勇も誉れ高く、父親を心から敬愛しているヲウス―...
しかし、人間として決定的な部分が欠けている、と景行天皇は感じました。
今の言葉でいうところの「サイコパス」です。
「(こいつは遠くに追いやった方がいい)」と感じ、
朝廷に従わない熊曾建(クマソタケル)兄弟という者がいるようだから、
討伐に行ってくれないか、とヲウスに頼みます。
勿論、本当に頼んでいる訳ではなく、
単純に遠ざけたいからです。
ヲウスは父親(景行天皇)が大好きなので、
喜んでそれを引き受け、父親に喜んでもらおうと頑張ろうとします。
...
垂仁天皇(先代)の時と逆パターンです。
先代は
父が息子を溺愛していましたが、
こちらでは、
息子が父親をとても敬愛しています。
確かにヲウスはサイコパスなのは間違いないのですが、
とても父親を尊敬し、慕っていたのです。
◆11代垂仁天皇のパターン
・妃ひとりに深い愛情を注ぐ
・息子を溺愛
◆12代景行天皇のパターン
・たくさんの妃を娶る
・息子からとても敬愛されている
深い意味はないのかもしれませんが、
物事は同じように流れずに、色々なバランスを保ちながら流れていくことを示しているように思われます。
ちなみにこの後、
天皇の代が代わるごとに、その時の何かしらの物事の逆になるような出来事が起こります。
例えば、
赤、
赤の逆の青、
青の逆の水色、
水色の逆の桃色、
桃色の逆の赤...
↑イメージで言うとこのような感覚。
古事記の中巻、下巻は、このような感じの流れで進んでいくので、
上記のような感覚で覚えると覚えやすいと思います。
…さて。
景行天皇からクマソタケル兄弟を成敗しに行ってこいと頼まれたヲウスは早速出発しました。
実はヲウスはまだ少年で、父から遣わされた家来たちはとても少ないものでした。
クマソタケル兄弟はとても強い豪族であり、
この様子からすると「死んで来い」とでも言わんばかりです。
しかしサイコパスなだけに能天気なヲウスは何も知らず、張り切りました。
...出発前に、一言ご挨拶に、と
景行天皇の妹、つまり叔母の元へと向かいました。
叔母は倭比売命(ヤマトヒメ)と言い、
伊勢神宮で巫女をしていました。
(ちなみに、伊勢の地に行ってアマテラスの神宮を創建したのはこの方です)
ヤマトヒメは巫女というのもあるのでしょうか。
何となくヲウスが父親からあまり良く思われていないのを察知します。
「(何故兄上はこんな危険なことをヲウスにさせるんだろう...
ひどい...私はその分、この子を守ってあげないと)」
そう深く感じ、色々なことを見通して、
「いざとなったら役に立つかもしれないから」と
意味ありげに自分の衣装を渡します。
女性用の衣装でした。
ヲウスはその衣装を受け取り、クマソタケル兄弟の元に出発します。
ちなみにクマソタケル兄弟は九州の豪族です。
クマソタケル兄弟が根城にしている場所に着くと、
丁度その日は新しい館の新築祝いの宴会をしていました。
宴会をしているということはお酒を呑んでいるということです。
これは良い機会、だとヲウスは忍び込もうとします。
そして何故かおあつらえ向きに、
叔母から借りた女性用の衣装があるので、
その衣装を着て女装し、その宴会に乗り込みます。
クマソタケル兄弟は酔っ払っており、
忍び込んでいた女装姿のヲウスを見初め、
「何て美しいのだろう。どこの娘だ」とグイッと引き寄せました。
近くで見ると益々美しい、と鼻の下を伸ばしながらヲウスの顎を自分に引き寄せます。
その瞬間、持っていた刀でクマソタケル兄弟の兄の方を刺し殺してしまいます。
周りは騒然となります。
ボスが倒されたとなって、人々はみな恐れおののいて逃げて行きました...
クマソ弟の方も逃げようとしますが、
ヲウスはすかさず弟の方も俊敏に斬り付けます。
クマソ弟は息も絶え絶えに、
「私たちの決まりで、負けた側は勝った側に何かを差し上げなければいけないことになっている。
貴方に名前を贈りたい。
建(たける)という名は『強い男』という意味だ。
貴方は、倭(やまと)で真に強い男―...
倭建命(ヤマトタケル)を名乗りなさるといい」と
言い残し、そして亡くなりました。
ヲウスは以後、
ヤマトタケルを名乗るようになります。
景行天皇からは、クマソタケル兄弟を成敗するように頼まれていたヤマトタケルでしたが、
父親に更に喜んでもらおうと、
様々な土地の国津神たちを次々と従わせて行きました。
そして出雲の国に入り、
そこの強者である、出雲建(イズモタケル)と出会います。
ここの辺りは名前がそのままなので、覚えやすいと思います。
人の良いイズモタケルの人柄に漬け込み、
初めは仲良く接して置いて、
騙し討ちのようにして卑怯な方法でやつけます。
サイコパス振りといい、女装して敵の懐に忍び込んで刺す、とか
卑怯な方法で騙し討ち、など
全国の人間(国津神)たちを従わせるには、止む無く強引な方法で平定するしかない、と言っているようです。
もしかしたら、
その表現を自然にするために、
ヤマトタケルをサイコパス設定にしたのかもしれません。
ともあれ、
クマソタケル兄弟を成敗し、他の神々、そしてイズモタケル ―...
様々なまつろわぬ者(朝廷に従ない者)たちを成敗、従わせ、
意気揚々と都に帰って来たヤマトタケルですが ―
景行天皇は引きます。
「(あの人の良いイズモタケルもか...
少し、暴走し過ぎなのではないか?)」
景行天皇は益々ヤマトタケルを恐れるようになりました。
一方、ヤマトタケルは、折角無事で帰って来て、
そしてたくさん土地を平定して来たのに父親がよそよそしいので落ち込みます。
そんなヤマトタケルの心を見透かしたのか、
叔母のヤマトヒメは「私がこの子の力になってあげなきゃ!」と思い、精一杯励まします。
さて、もう子供ではないからと、妻を娶っていくヤマトタケル。
美しくて人懐っこい彼は、男からも女からも好かれました。
父はヤマトタケルが怖いので、
また間を開けずに「東国12か国征伐」を命じます。
しかも、部下は少数しか与えず...です。
「父上は私に死ねと言っているのだろうか」と
悲しみに暮れるヤマトタケル。
叔母のヤマトヒメは必死で慰め、
皇室にとってとてもとても大切な
三種の神器のひとつ、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を渡しました。
ちなみに三種の神器とは、「天皇の血を引いている証」であり、
元を辿ると、
天孫降臨の際、ニニギが祖母であるアマテラスから「私だと思って」と渡された三種の道具です。
アマテラスから孫のニニギに三種の神器を渡し、
それが何代も代わって、神武天皇にもたらされ、
その三種の神器を証拠に即位し...
...代々の天皇たちに、受け継がれている、というものです。
ヤマトヒメはその大事な草薙剣を渡し、
巫女なので先を見越してなのか、何故か「火打ち石」を持たせました。
ひとつ前は、
「何か」を感じて女性用の衣装を渡し、
それが征伐に役に立ったのですから、
ヤマトヒメには何か視えるような力があるのだと思われます。
そして東へと出発し、
尾張(愛知県名古屋市)の地方に来た頃に、
美夜受比売(ミヤズヒメ)というとても美しい女性と恋をします。
東国を全部平定した後に、きっと戻って来て正妃に、と約束します。
そのうち、
途中で知り合った弟橘比売(オトタチバナヒメ)とも恋をし、
自分にはたくさんの妃がおり、
正妃にすると約束した女性もいる、
貴女とも結婚するつもりだ、と言いました。
様々な女性を娶り、各地と繋がりを深めなければいけないことを語ります。
オトタチバナヒメは、
それは理解したけれど、ただ待つばかりではなく、一緒に着いて行きたいと申し出ます。
通常は女性は男性の帰りを待つもの、とされていましたが、
「一緒に行きたい」というのは特段の愛を感じます。
オトタチバナヒメの熱意に押され、
ヤマトタケルは彼女も一緒に連れて行くことになりました。
ただでさえ危険な旅、軍も少数......
とても危険な旅なのに一体何故付いて行くのでしょう。
たくさんの妃がいても、一緒にいることで旅の間中は妻は自分1人...
と思えるからかもしれません。
後に、オトタチバナヒメはヤマトタケルの最愛の女性になります。
ヤマトタケルは負け知らずで、進めば進むほど全勝、
無敵でした。
各地の神々、豪族たちが、
「ヤマトタケルには神が付いている」と恐れ、
次々と大人しく従って行きました。
ヤマトタケルはクマソタケル兄弟と戦った時、
女装してクマソ兄弟を誘惑出来たので、
筋骨隆々のいかつい男性ではなく、
どちらかと言うと細身で中性的な、美少年タイプだったようです。
無敵の強さを誇るだけでなく、
女性的な美しさを併せ持たせるところからして、
この「ヤマトタケル」の人気を上げようというような好意的な意図を感じます。
強引な方法で各地を平定はしている、
ある意味無茶苦茶な人物だけれど、
魅力があるからいいでしょう?的な含みがあるようにも思います。
そうやって上手くバランスを取っているのかもしれません。
実際、ヤマトタケルは日本人に大変人気がある英雄です。
着々と無敵の強さでどんどん東を平定していくヤマトタケルでありましたが ―
相模国(神奈川県)に来た時に、国造(その地域の代表者)に陥れられました。
大きな野原を指さし、
「あの野原の中央に大きな沼が有りまして...そこに神様が棲んでいるのですが、
ヤマトタケル様と ふたりきりでお話することがあるそうです」
と言いました。
神様が話があるのなら、行かなければ、とひとりで野原を歩いたのですが、
沼は何処にもなく、そうこうしているうちに野原に火を放たれました。
ヤマトタケルは持っている草薙剣で草をなぎ払い、火を切り裂きました。
そして持っている火打ち石で国造の草に火を付けました。
そうして炎同士がぶつかり合い、火は消えました。
罠に掛けようとした国造たちを
お仕置きしたのは言うまでもありません。
ヤマトタケルが火責めに遭ったこの地域を焼津(やいづ)と呼ばれるようになったということです。
ヤマトタケルが連戦連勝を重ねているという報せは都に届きました。
景行天皇は喜ぶどころか、戦慄してしまいました。
「(強すぎる…。我が子ながら恐ろしい…)」
ねぎらったり、疲れただろうからと、一旦帰還を命じたりすることもなく
「引き続き東国を平定するように…」と命令しました。
ヤマトタケルは父親に対して不信感を募らせましたが、
ただただ、父親に認められたい一心で、
頑張ってひたすら東を平定して行くのでした。
もうこの時はすでに、東へ東征の旅を初めてから、何年もの月日が経っていました......