第8節:阿閇皇女(あへのひめみこ)
第2話:阿礼と安萬侶
元明天皇と話をしていた女性は首を傾げた。
「早く、御命じになれば宜しかったのに・・・何故・・・」
そう、元明天皇は少し天然だった。
見た目に反し、頭はあまり良いとは言えなかった。
対峙すれば、明らかに少しでも言い間違えや簡単な言葉を言えばキッ!と睨んできそうな
(そしてそれが許されるような)
聡明なオーラがムンムンしているのだが。
しかし勉強は大好きで、たくさんたくさん勉強したのである。
でもあまり勉強が得意ではなく、
現代の価値観に無理矢理当てはめるなら、例えば簡単な掛け算も出来ないという感じだ。
しかし障碍を持っているとかではなく、単純に勉強が得意ではない、
その一言に尽きる。
しかし誰も元明天皇を避けていたので、
彼女が勉強が苦手だということを知る者はいなかった。
そんな元明天皇、
自分に持っていないものを持つ者として、
彼はとても頭が良く、賢く、話す言葉、書く言葉全てが知性的であった。
ただ少し神経質で、真面目過ぎて自ら人を遠ざけるような変わったところがあったのだが・・・
彼は元明天皇に対し差別をしなかった。
人に対し、人の姿かたちを壁紙のようにしか見ないところがあったので、
元明天皇は綺麗な顔と認識されている女性で、天皇。としか彼の頭のデーターベースに記憶されていなかった。
人と関わったり仲良くなるのを煩わしいと思っていた安萬侶ではあったのだが、
元明天皇に気に入られてしまい、しかし天皇を邪険にする訳にもいかず、
適当に合わせていた。
・・・
そして、唐突に。
未完成の歴史書、『古事記(ふることふみ)』を稗田阿礼と一緒に完成させて欲しい、と
元明天皇は安萬侶に願い出た。
お願いお願い、三生のお願い、とまるで友達に対するように言う元明天皇。
結構濃い色の茶色の床の上に座り、
かなり上の段に座って、昔で言う御簾(みす)の走りのようなものが垂れている中、
こちらを見ている元明天皇に軽く首を垂れる安萬侶。
御簾は糸?糸として製糸される前の綿糸?のようなもので出来ている、隙間の多い感じのものである。
安萬侶「(稗田阿礼さんか・・・。あの人凄く良い人なのだけれど、少々マイペースなところがあるんだよなぁ・・・)」
考え事をする彼。
稗田阿礼は記憶力が常人離れしていて、学者からすると憧れの存在なのだが、
天才肌特有のマイペースさが、安萬侶には惜しいと思っていた。
こんな「いちいち大きなお世話」とも言えることを考えるのはひとえに
この世で一番稗田阿礼を尊敬しているからで、
だからこそいちいち完璧を求めてしまったり、欠点が目に付いてしまったりするのである。
神様に対し、「神様はこうあるべき!」と厳しく言ってしまう人間、と言えば分かりやすい。
そして神様はその願い事を全部無視している。
ある日―
安萬侶は「(またか・・・)」とげんなりしていた。
阿礼「ですから、確証がないものは書いてはいけないと・・・」
阿礼の座っているほんの少し前に高さのある段があり、そこにある椅子に腰かけている元明天皇が答える。
「悪口書くんじゃないからいいでしょう」
阿礼はたしなめた。
「成姫天皇(なりひめのすめらみこと。愛称)、私は浄御原天皇(きよみはらすめらみこと)から、
歴史は丁寧に、赤子を抱くように慎重に慎重に、、と」
さえぎる元明天皇「叔父上のことは聞き飽きた!私はツクヨミのことをいっぱい書いて欲しいの!」
元明天皇と稗田阿礼はしょっちゅう、古事記へのこだわりで喧嘩をしていた。
まるで同人作家のこだわりが衝突する喧嘩の起源ですか?といわんばかりのこだわりのぶつかり合いである。
天皇にこんな口の聞き方なんて絶対絶対出来る訳がないのだが、
元明天皇の今までの立場や複雑で少し事情のある背景により、このような不思議な現象が起こっていた。
阿礼はハッキリ言った。
「私は浄御原天皇により、各地の歴史書をたくさん照らし合わせ、
それらの本の半分以上に同じ内容のものが記述されているものを主に選出し、
更に(なんたらかんたら)記述するように努めております。
安萬侶もおりますし、彼の書く文体で素晴らしいものを、と思っていて、、
ご理解下さい」
そして最後は小学生のような言い合いをするのだが、
それがこの言い合いの終了の合図のようなものであった。
「あなたなんて、まゆげが目全体に掛かってるくせに!」
「貴方様はどうして桃色のお召し物を着ないのですか!茶色いのばかりで!」
「好きだからいいでしょう!」
「老けて見られたらどう致しますのか」
「老けてる人に老けてるって言われちゃった!」
安萬侶はいつまで経ってもこのやり取りに慣れなかった。
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