小さな世界 > 第1章「妃羽」
理由
上流階級の奥方というのはたいてい享楽と共に過ごす。
中国ではそれが顕著かもしれない。
徒然(することがなくて暇なこと)と共に庭園を散歩したり詩歌をたしなんだり
本を読んだり。
何処ぞの茶会やらパーティやらに出掛けて時間を潰す。
・・・
妃羽は自分の与えられた部屋を自分好みに配置するのが好きで、
ずっとそればかりやっていた。
それ以外はヨットクルージングや、友映たちと映画観賞会などをして過ごしていた。
威俐は必要以外は妃羽に会わなかった。
妃羽は「(やっぱり結婚後に『こんなんじゃなかった』って思ったのね・・・)」
としょんぼりとして思った。
ただ、やりたいことがやりたいだけ出来るのは嬉しいことで、
「これもこれでいいかも」「離縁されないだけいい」
と考える妃羽。
それだけ趣味の生活、時間が心地良かったのだ。
黒いチャイナ服、腕組み。
ある日、
通り道のど真ん中に威俐が腕を組んで妃羽の前に立っていた。
突然過ぎて、
「何でしょうか」とも言えず
カーッと真っ赤になる妃羽。
ガアッ ガアッ ガアッ
鳥の鳴き声がする。
何の鳥であろうか。
枯れ葉が舞い、ふたりの足元を歩いて行った。
「・・・趣味の時間が多いようだね。
私の傍に居てもいいだろう」
和菓子を食べたばかりで胃がもたれ、お腹が痛いと思う妃羽。
胃をさすりながら、
勿論そうしたい、という旨をたくさん言う彼女。
「本当にそう思ってるの?」
汗をかきながらじとーっとした顔で妃羽を見る彼。
妃羽は思った。
「(本当にそうしたいですって?
今まで避けてたくせに。何を呑気に。
この人のこと厭になりそう)」
その道は屋外の道で、左右に小さい庭園があるのだが、
何となく、気分的に「逃げ場」があって良かったと思う妃羽。
サクッ......
気付くと、庭園を歩くふたり。
何故か日本庭園だ。そして・・・何故だか手が握られている。
「わ、私は嫌われていたのではないのですか?
えっと・・・。傍に居ろって」
妃羽はあわあわする。
そして、お腹をさすっていた手を、手を握られることで「取られた」と気付く。
日本庭園→イギリス庭園→中国庭園、と
無言でサクサク歩くふたり。
うっすら、妃羽の手が湿ってきて、
それを威俐に悟られているのだろうなとパニックになる妃羽だ。
威俐の方を向いて言う妃羽。
「あ、あの。自分の方を見ろ、と言うのは?
私、無視・・・までされなくても相手にされなかったのに」
威俐は、
どう扱っていいのか分からなかった。
婚儀の後しばらくはそっとして置くのが妥当だと思った。
もうそろそろ良い頃合いだと思った。
と、いうことを語った。
「君が欲しい」
変な意味ではなく、遠ざかっている状態をやめたいという意味だ。
<寝室にて>
寝具をまとい、ベッドに正座する妃羽と、体を横にしてひたすら首周りをゴキゴキ鳴らす威俐。
「・・・私すっかり結婚の後、愛想尽かされたのかと思っていました」
妃羽はしょぼんとして言った。
ごろん、と横になって妃羽に背を向けて
「いや・・・こういう形になったから。
簡単に君に触れられないだろう」
と威俐。
意外な言葉にぽかーんとする妃羽。
威俐様・・・
ホーホーホー・・・
ホー・・・
ホー・・・
外から聞こえる、フクロウの鳴き声にしばし聞き惚れる。
妃羽は威俐から教えてもらった。
好きになったのは素敵に見えたとか何かが良かったからではなく、
本能的なものだと。
ご飯を食べるのは、「栄養を摂らないと」という理屈でするものではない。
何故だかお腹が減る。そして食べるという行為になる。
それは理屈のない「本能」的なもので。
実際は「栄養を摂れ」と脳が出す命令の元にそうなっているのだが、
食べている本人は「栄養を摂らなければ」という『手動』のものでご飯を食べる訳ではない。
・・・そういう理屈でそうなった。と威俐。
本能的、というのはもしかして実は双子なのでは?だとか
DNA的に似てる、或いは何か合わさるものがあったのでは。と
様々なことを妃羽に言った。
強い、「欲しい!」という渇望が妃羽に湧いた、
こんなことは初めてだし、その気持ちがとても心地良く、
麻薬物質が出来ている感じで、
妃羽も威俐を好きなようだったから
彼女を求めた、と威俐。
「強すぎる衝動だった・・・」
それならば、それを達成しないと『飢餓』状態と一緒になってしまう。
「(だからそうしたのか・・・)」と理解する妃羽だ。
深く理解した。
それは一体何なのだろう。
DNAで言う、真逆のものを持っていたから?
双子説は無いと思った。
そういう「感じるもの」は無い。
・・・
そのまま、深く、意識の中へ沈み込んでゆく妃羽。