高天原の、太陽の神殿―・・・
アマテラス「それは辛い思いをしましたね」
彼女は優しく、自分の紅石英(ローズクォーツ)の勾玉をスサノオの首飾りの中に通した。
紅石英は、一般的には恋愛成就のお守りなのだが、
過去の傷を癒す、心の痛みを治す、などの優しい効能がある。
・・・
スサノオは無言で、きびすを返して去って行ってしまった。
初めは、ほんの少しものを壊してしまったことから始まる。
スサノオが。
しかしアマテラスが叱りに来ない。
下手に力のあるスサノオはまたも何かを偶然に壊してしまったのだが―・・・
他の神たちが注意をしに来るだけで、アマテラスは来ない。
そうするうちに、
「自分なんてどうでもいいのか」
と、
まるで思春期に母親の注意を向けたい為だけに悪さをする男の子のように
様々な悪さをした。
(紅石英の効果は!)
あっちこっち壊しまくるのだが・・・
「(一度構ってしまえば、『暴れれば言うことを聞いてもらえる』と思ってしまう。
私は姉であって、母ではない。
甘えては駄目なのよ。乗り越えて)」
アマテラスはスサノオのためだからこそ、注意したい気持ちを必死で抑えた。
そのうち、
「ちょっと!神殿でアレしてましたよ!」
ととんでもない出来事が起こった。
これは完全な事故で、今で言う、「電車の中でもよおしてしまい、次の駅まで
到底間に合いそうもない」と脂汗をかきながら・・・・・・
のパターンである。
「神殿、広いから。だから厠を見つけられなくて(元々知らないのだろう)
つい。そっと片付けてあげて。
『おまえ○○しただろ!』って言ったらきっと立ち直れない」
アマテラスはそう庇った。
(そして真実はその通りだった)
が、乱暴狼藉はひどくなるばかりだった。
そもそも男はみな、マザコンである。
それなのに、一番母に甘えたい末っ子(男)が
『父親の(略)な母親への愛情』を、一気に流し込まれたのである。
ある意味、スサノオはとても気の毒な存在なのだ。
「もう追い出して下さい!」
「耐えられません!」
苦情が舞い込んだが、
全部私が責任を負います。
とアマテラスは言った。
何かが壊されれば、すぐに専用の職人の神を遣わし、
何かに危害が加われば、すぐ対応出来る者を遣わした。
スサノオが暴れれば暴れるほど、全部、苦情や文句を、
アマテラスが代わりに全部引き受けた。
スサノオを救うにはどうすればいいのだろう・・・
可愛い弟を救えない。
自分は、何も出来ない
アマテラスは自分の不甲斐なさを呪った。
スサノオは考えた。
何をやっても姉は叱りに来ない。
だが、男子禁制の、神聖な機織り場で驚かしに行ったら、
さすがに姉は怒るだろう。
その時、猟から帰ったばかりで、鹿やら猪やらの血なども皮の服に付いていた。
彼は比較的陽気に機織り場を開けた訳だが―
そう。今までの乱暴狼藉も、やっていることは凄いが、あまり悪気はないのだ。
(ふざけに近い)
下手に力があるゆえに、破壊力が強くなってしまっただけで・・・。
バッと機織り場の戸を開けると、
そこには誰もいなかった。
なんだ、と帰ろうとすると、ひとりの機織女(はたおりめ)が顔を出した。
機織女はスサノオにひと目惚れしたようで、
近付いて来た。