アマテラスにとっての「筆のようなもの」。
それは、ツクヨミとスサノオと過ごした、オノゴロ島にあった大きな樹であった。
その樹を削って、筆を作ったのだ。
そのオノゴロ島に降り立った。
あの大きな樹を探すアマテラス。
そして不思議なことに気付いた。
オノゴロ島が空気から、光から、全てが色とりどりになっていた。
ーその頃は精神性が高く、物質がまだ未熟で、色も質感も粗雑だった。
それが、豊かで、空気そのものが成熟していたのだ。
色と質感の、圧力が掛かるような刺激にアマテラスはとても驚く。
大きな樹はいつの間にか目の前に有った。
樹には、ふわっと「主」のような存在がいる。
「貴方は?」
アマテラスは問う。
樹の主は心に語り掛けた。
オノゴロ島で貴方たちが過ごしていた時に貴方たちを見守ってきた樹ですよ
その時に生まれました、と。
過ごした時間が一番長かったのがスサノオだったのか、
どことなくスサノオの面影がある。
スサノオは永遠の16歳だが、この存在は「17歳」という感じだ。
普通だったら見慣れないはずの琥珀色の瞳が、違和感なく馴染んでいる。
白いのに、温かみのある肌。
琥珀は樹脂である。
「(だから琥珀色なのね・・・)」
とアマテラスは思った。
アマテラスはここに来たいきさつを話し、説明した。
日差しは質感のある、はちみつ色のゆったりとした光だ。
「・・・丁度いい所に来たね」
樹の主と思われる存在は言った。
青年「・・・オノゴロ島は、人徳ならぬ島徳が上がり、
一段上の世界に移動してしまった。
ただ、この「世界」は今までの世界とは違う。
全面攻略がある」
全面攻略?と問うアマテラスに青年は言った。
或る目標、目的のために世界が存在し、
例えばボス(頭領)を倒して行き、最終目標である大ボスを倒して
終了の祝福が空気中に流れ、そして世界が消滅する。
目標達成の後に終わりがある世界なのだと。
「それは一体・・・」
つぶやくアマテラスに言う青年。
「・・・もうすぐ、この世界は消滅する。
だから、いいところに来た。
筆のようなもの?取ってくれ」
と手をそっと差し出した。
とても居心地の良い、物質的に豊かなこの空間に少し戸惑いながら
アマテラスは言った。
「オノゴロ島は?お父様とお母様の作った島は。
無くなったことになるの?
元の世界からは」
温かい、ゆったりとした、立っているのに何処かに寄り掛かっているような感覚に包まれる。
周りの刺激の強すぎる色とりどり・・・艶やかで鮮やかな・・・色の海・・・
ひたすら美しい。
「そうだよ。悲しい?」
青年は静かに言った。
もう一度片手を差し出す。
「・・・もうすぐ消えてしまうのだから。
これも運命。遺して欲しい 僕からも」
アマテラスがそっと手を差し出すと、いつの間にかアマテラスの手の平に木の枝が現れ、
そしてシュッと筆のようなもの、に変化した。
アマテラスは無意識に思わず両手でその筆を取った。
「僕の名前はイ。糸偏に火と書くんだ」
(注釈・・・この頃は神代文字。漢字ではなく、日本独自の文字。
漢字で言うところの、つくりと意味を表す文字で出来ているため、このように説明している)
アマテラスは涙ぐんだ。
「(この方が消えてしまう・・・スサノオに似た
この樹が)」